自己紹介

はじめまして。
関東在住の34歳。女。2歳の娘がいる
現在はパート勤務をしています。みきです。
(たぶんどこにでもいそうな主婦です。。笑)

私は昔っから、何もしても誰といても
「心が落ち着く」「癒される」という感覚がわからないままです。

仕事は接客業・コールセンター・営業アシスタント
ラウンダー(←今はココ!!)などたくさんの経験をさせてもらいました。

しかし・・
どの仕事をしていてもやりがい・楽しさを感じることが出来ず
周りとも打ち解けられないことも多々あり、
接客業をしているときは
それがあまりにもひどくて「適応障害」の診断を受けたこともあります。

そんな私ですが、特に「仕事できない」という評価は
ほとんどもらったことなく(産休明けに1回だけありますww)
むしろ、仕事ができると言われていたくらいですが
失敗をするとすぐに落ち込んだり、相手の軽い一言がとても気になってしまって仕事に手がつかなくなったりすることもあります。

そこでよく言われるのが
「気にしすぎじゃない」「考えすぎだよ」この言葉が多いのです。

そして、、
この2つの言葉でさらに「気にしすぎなのか」とまたさらに悩みが増える。
もう悪循環の繰り返しですよね。。

仕事ができないというより人間関係が上手く構築できないという部分に対し
常に悩みを抱えて生きてきました。

そんな私が結婚!?

20代の時はとにかく恋愛に夢中でした。。
とにかく「恋」をしていないと気が済まなくて・・
相手に対して重い言われてフラれることが多かったです。

そんな中でも、

大好きになった人と1日中一緒にいると疲れてしまうということもありました。
なんで!?疲れるのか!?この人ではないのか!?など疑問を持ちながらも
疲れない相手!?そして大好きになれる人を探し続けていたのかもしれません。

だからこそ「結婚」に興味がなく、もちろんその先にある出産・育児とは
自分には無縁だとばかり思っていました。

それでも恋はしていたいって図々しいですよね。。笑

そして、今の旦那さんに出会い・・
最初は好きではなかったが、一緒にいて疲れないことに気がつき
自然と一緒にいる時間が増えていきました。
今までは、一晩一緒にいるだけでも苦痛だったのに
自然と疲れなかったり、違和感なく過ごすことができました。

一緒にいるようになり、もうすぐ2年になろうとした時に
事件が起こるのです!!



それが「妊娠」でした。

突然の予想外の結果!?出来事すぎて・・・
この事実を知った時、不安しかなくて家で泣き崩れました。
今の世の中、子供が欲しくてたまらない人もいる中での予想外の妊娠でした。

妊娠の事実を知った時の私の頭の中は
もうパニック状態という考えを突き抜けて
東京タワーがぶっ壊れる・・いや地球が180度回って予想外のことが起きる感覚でした。

妊娠→お金がものすごくかかる→私たちでは払えない→路頭に迷う→無事に出産できず子供は孤児院へいくのでは!?

もう頭の中はフル回転で休まることない
THE マタニティライフを送っていました!!

そして母になる・・

出産時はいろいろとありながらも
2017年5月に緊急帝王切開で無事に出産することができました。

生まれたての娘は髪の毛はふさふさでかわいらしくて
この頃からよくミルクをたっぷり飲み、泣き声も大きかったです。


子育ては、最初は苦労しました。

一昔前は、里帰り出産が一般的でしたが
私たちはいろんな事情があり選びませんでした。
旦那も育休も取らず、ほぼ一人で昼間は娘を育てました。

あまり寝れない日々もあり
娘が寝たら寝る。家のことはほとんどやらずに過ごした記憶があります。

娘も落ち着いてきて、
出産から約3ヶ月半経った頃には育休手当も入りました。
(支給されるのはとても遅いので計画的に考えたほうがいいです)

そのころから、子育てが楽しくなりよくお出かけしてました。



そんな落ち着いた日々もそう長くは続かず・・・

いよいよ職場復帰へ・・・

保活・・・保育園を探すこと。

私は、やはり仕事をすることがとっても嫌いで・・・

仕事といえば「苦痛」「憂鬱」「縛られる」などのネガティブばイメージしか持っていませんでした。

だからこそ専業主婦を希望していましたが
旦那のお給料だけではうちはやっていけない・・・
やっていけなくはないが、子供へのお洋服などを買ってあげられないなど
いろんな事情があり、職場復帰することにしました。

しかし、子供が1歳になった時に
保育園に入れなかったという証明があれば、
育児休暇期間を延長できることを知った時
「保育園落ちたい」と思っていました。

(世の中のお母様ごめんなさい)

もちろん保活は、やる気ゼロ!!
一般的には保活の時って第10希望くらい保育園を書いて申請するようだが
私の場合は2つしか書きませんでした。


忘れもしない2018年2月1日・・・
「保育園受け入れ通知」
これを見た瞬間に人生が終わる・・・と思い泣きまくったのです。


大好きな娘とお別れ
大嫌いな仕事復帰。

私にとっての地獄への始まりの
お知らせになりました。

3月は保育園の説明会。準備をしたり
私の職場復帰への準備があったりで、何かとバタバタでした。


4月になり、娘は保育園に通いだして
毎日のようにぎゃん泣きしていました。

慣らし保育というけれども、なかなか慣れず
保育園の洗礼!?という名の病気をもらってきたりと
4月になっても落ち着くことなく
5月を向かえて、ついに職場復帰をすることになりました。

私は、産休に入る前に
「派遣社員」として、派遣会社で産休・育児休暇を取っていました。

なので、前に働いていた職場を一度辞めたことになり
新しい職場を、派遣会社からの紹介で探さなければならなかったのです。
しかも、産休明けのママたちのほとんどが利用している
「時短勤務」が出来ず、派遣の条件そのもので働かなければならないのです。

一応、条件に合う職場を見つけて
上手く旦那とやっていくことをしっかり話し合い
送りは、私。迎えは旦那がやることに・・・

職場復帰の先にあったもの

今までとは違う仕事で最初は戸惑いばかりでしたが
何とかこなしていきました。



最初の時よりも仕事が増えて
全くこなせなくなり、ミスが増えて
他の人のミスも被ったりしながらも
毎日のように怒られまくりでした。

とにかくチームワークが命の職場。

引継ぎがあるならばしっかり、抜けがなくやらなければいけない。
最初の対応でミスがあったら
他の人にそのミスが回る。迷惑になる。

チームワークが苦痛なのと電話対応しているのを聞かれては
いちいち事情聴取される。


私にとっては史上最高なストレスMAXを記録。

その先にあったのは
旦那に当たることしかなかった。

こんなにも仕事ができない私に働かせるなんて!!

そんな不満ばかりでした。

不満ばかりな母親を見る娘は夜泣きがひどくて悪循環。


このままではいけない

3ヶ月で退職することにしました。

やりたくないことはやらない

次の仕事、どうしよう・・・・・・

そんな不安の中でも就職活動。

私にとっての仕事にイメージは常に「きつい」「辛い」「苦痛」ネガティブなイメージしかない。
よく好きなことを仕事にする!とかいう起業家さんがいるが
私にとっては好きなことすら何もない。。。

どうしよう!!

いろんな考えが回ってきて・・・
ついに一番シンプルな考えが頭に降りてきてくれました。


やりたくないことはやらない

自分がやりたくないと思っていることを仕事にするからきつく感じるのではないのかと思ったので、早速長い時間をかけて過去を振り返りました。

ここをしっかりやらなければ
私はまた失敗する!また仕事がいやと言って家庭を崩してしまう。。。

長い時間私は自分と向き合い。過去の嫌な思い出とも向き合いました。


その結果
事務作業はイヤ・電話対応もイヤ・チームで働くのがイヤ

この3つを避けることにしました。

この3つがない職業はなにか!?

そんなことばかりを考えながらの職探し。


そして、今の職場にたどりつきました。。。。

HSPとの出会い

やっと・・・
この言葉出てきましたね。お待たせしました!!

私がHSPと出会ったのは
この仕事を通じて出会いました。

直行直帰が出来る職場だけど
最初のうちは職場に出勤したり、週1回は職場に来なきゃいけないというルールがある中で、職場に出勤している時に営業の話しが近いから聞こえる聞こえる!!

もうその声や話しが異常なほどに聞こえてしまって反応してしまっていました。
別に自分のことを言われているわけではないのに
恐怖を感じたりすることもあったり。

少し注意されたり、アドバイスをもらっただけなのに
「自分はできていない」って思うことが多くなりました。

本当に自分には何ができるのだろう・・・
生きてる意味があるのだろうか・・・

常に考えるようになりました。

そんな時にネットサーフィンをしていたら・・

繊細すぎていきにくい・・・
人といるを疲れる
一人の時間が必要
HSP気質
HSP診断

この言葉が目に入ってきたのです!!!

繊細かどうかは・・・・
最初はそんな気持ちで診断したら
ほとんどの項目にあてはまってしまったのです。

それが私とHSPの出会い。


営業社員の態度を気にしすぎたり
頭で考えることがデフォルトになっているため
考えすぎて疲れてしまうとこも、、すべてこの気質だから!!と受け入れることが少しずつではあるが出来るようになりました。

HSPを受け入れてから

やはり34年間の思考を変えるのは難しいです。

最初からがらりと考え方を変えるのではなくて
これもいいことだ!!と置き換えるようになりました。

私は、結婚前によく新宿2丁目のゲイバーに出没していたこともあります。
そこで言われていたのは
「あんた、頭の回転がはやすぎ」ってこと。

当時の私はよくわかっていなかったし
むしろ頭は悪いほうだとばかり思っていました。

こうして、他の誰かが考える前に
自分は何歩も先を考えられることを長所にしようと思いました。

そして、考えすぎるので
みんなのように長く働くことも苦手。
だからこそ短時間で成果を出したり、価値を伝えていこうと考え方も変わり
目指すべき方向が見えてきました。


HSPは生きづらい。

そう思われがちですが、いいところはたくさんあります!!

一人でも多くの人に伝えて行けたらと思います。

長くなりましたが、ありがとうございました。
みき

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